名手・達人の言葉

2009.08.05

ちょっと悲しくなっちゃったな……、でも勝負ってこんなもんなんだろうな……。――青木功
 

 2009年の全英オープンの主役は、まちがいなく59歳のトム・ワトソンであった。71ホール目までトーナメントをリードし、土壇場の18番ホールで長年の宿痾(しゅくあ)であったイップスによって痛恨のボギー。

 プレーオフに突入した59歳の心身には気力、体力とも残っていなかった。「子供の頃、テレビをみて憧れていたワトソン」という36歳のスチューワート・シンクに、名をなさしめてしまった。

 142年ぶりという大会最年長勝利記録をフイにしまったワトソン。しかしラウンド中、柔和な笑顔を絶やさず、試合後も「時代遅れの男がほぼ手中にしていた勝利を逃したかな」と穏やかに笑った。長年、ツアー界の良心と信頼を背負ったシンボルとしての顔がそこにあった。

 そのワトソンと青木は仲がよかった。年齢的には7歳違うのだが、青木がチエ夫人同行で米ツアー参戦していた1980年代には、ワトソン夫妻と夕食をともにする姿が散見されたものだ。ワトソン前夫人であるリンダとチエさんは気があった。白人ばかりの中でユダヤ系のリンダと日本人のチエさんだったが、マイノリティー意識が2人を結びつけたのかも知れない。

 表題の「言葉」はそんなワトソンがプレーオフに敗れ、TVのレポーターをつとめた青木がその直後に発したコメントだ。「……」は声を詰まらせた部分。明らかにその目には白いものが光っていた。

 戦友でもあったワトソンへの思いが思わずこみあげたのであろうが、最後には公平さを保たなければならないレポーターのつぶやきももれたのである。勝負の非情さという現実の……。

 

■あおき・いさお(1942年~)

1942年8月31日、千葉県我孫子市生まれ。29歳で「関東プロ」に初優勝と遅咲きながら、それからの活躍はジャンボ尾崎と人気実力とも二分し、日本プロトーナメントを隆盛に導いた。国内での勝利数もさることながら、海外での活躍は、『オリエンタルマジシャン』と呼ばれ、「世界のアオキ」と絶賛された。とくに、80年、全米オープンでの帝王二クラスとの死闘は伝説として後世に長くつたえられるだろう。国内56勝。シニア9勝、海外7勝、海外シニア9勝、海外グランドシニア3勝。2004年、アメリカでゴルフ殿堂入り。

 

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