名手・達人の言葉

2009.04.01

人間は今ある自分の、それ以上でもなければそれ以下でもない。──青木功 1978年、青木がマスターズに出場したときのことだ。2日目の最終ホール、2メートルの下りのラインが残った。ガラスのように早いと形容された当時のグリーン。青木はそれをネジ込む。

 実はそのパットを入れても青木の予選通過はならなかった。それを知っていながら、ながさず入れたのは、青木のプライドであろう。

 そしてその夜、青木の宿舎を訪れた人がいた。青木がマスターズに出場した74年からオーガスタに住み、ボランティアの通訳として付き添っていた赤松氏の遺族である。大会前に亡くなった氏が青木にメモリアルノートを残し、それを届けるために訪れたのだ。

 その中に冒頭の「言葉」が記されていた。だから正確にいえば青木の言葉ではなく、青木に遺された「言葉」である。

 これを見た青木が「俺は今36歳だよな。今まで棒だけ振ってればよかったけれど、人間そうではなくて、こういう友達もいるんだよ。ようやく今気がついたけど、一生気がつかないよりいいよな」と、日本からの記者に話したという。

 その後、青木は世界マッチプレーに勝ち、「世界の青木」と冠がつく選手へと育っていくのである。

 予選落ちと分かっていながら、一生懸命最後のパットを入れたひたむきさがあったからこそ、遺された「言葉」が身に沁みこんだともいえる。人間理解しようとしなければ、どんないい言葉でもすり抜けてしまうものだからだ。

 ちなみに日本からの記者というのは、筆者の畏友である三田村昌鳳氏である。この話は三田村氏より聴かせてもらった。

 

■あおき・いさお
(1942年~)
1942年8月31日、千葉県我孫子市生まれ。29歳で「関東プロ」に初優勝と遅咲きながら、それからの活躍はジャンボ尾崎と人気実力とも二分し、日本プロトーナメントを隆盛に導いた。国内での勝利数もさることながら、海外での活躍は、『オリエンタルマジシャン』と呼ばれ、「世界のアオキ」と絶賛された。とくに、80年、全米オープンでの帝王二クラスとの死闘は伝説として後世に長くつたえられるだろう。国内56勝。シニア9勝、海外7勝、海外シニア9勝、海外グランドシニア3勝。2004年、アメリカでゴルフ殿堂入り。

 

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