名手・達人の言葉

2009.03.11

ゴルフの起源は日本古来の奈良朝に始まる打毬(たぎゅう)なり、といって軍部をごまかすことにしたんですよ。──石井光次郎 痛快な話ではある。

 1942年(昭和17年)のことである。前年に始まった太平洋戦争は激化の様相を呈し、政府(軍部)はあらゆることに統制を始めた。スポーツ界も例外ではなく、アマ・スポーツ界の総本山、日本体育協会(体協)は国の支配下におかれ、会長には東条英機首相(陸軍大将)が就く。国粋主義の下、カタカナ競技は“敵性スポーツ”と見なされ廃止の憂き目にあった。

 ゴルフも危うし! その危機を救ったのが時のJGA(日本ゴルフ協会)理事長の石井光次郎のトンデモ!「ゴルフ日本起源説」であった。

「奈良朝時代に宮廷で流行った蹴鞠(けまり)はよく知られていて、足でマリをける遊戯だけど、実は飛鳥時代に棒でマリを打つ祭事があったことを思い出しましてね。これにこじつけて、ゴルフは日本古来の球技、国技だと。たまたま今は英語を使って遊んでいるけれども、時節柄元に戻してもいいんだといって、軍をごまかすことにしたんですよ」

『日本ゴルフ協會七十年史』で石井はこう述べている。

 この一計が攻を奏し、最初“草球”など候補にあがったが、結局“打球”と改名し、戦争中もプレーを続け、細々ながらボールをつくるゴムの配給も受けていたという。

 石井はジャーナリストから政治家に転身し、衆議院議長まで登りつめた。ゴルフは戦前は日本アマや東西対抗にも出場した実力派ゴルファーであった。

 打毬がゴルフの起源の真偽はともかく、あの締め付けに容赦ない軍部をごまかし、アマゴルフを存続させた石井の機転に快哉をおくる人は多い。

 

■石井光次郎
(いしい・みつじろう 1889~1981)
福岡県久留米市出身。現在の一橋大学卒業後、高等文官試験に合格。朝日新聞社を経て衆義院議員、衆議院議長まで登りつめる。戦前に日本アマや東西対抗にも出場した実力派ゴルファー。昭和17年、スポーツ統制令で抹殺されかけたゴルフを打球と呼び方をかえて大日本体育会入りを成功させた当時のJGA理事長。日本体育協会長もつとめた。

 

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