名手・達人の言葉

2009.02.25

なぜこうなったか分からない。どうしたらいいのか……、イチからやり直しです。──中嶋常幸 石川遼がマスターズに大会史上2番目の若さで招待され、話題になっているが、表題の「言葉」は中嶋が初めてオーガスタの土を踏んで、あえなく予選落ちをした直後のつぶやきである。

 1978年、23歳の中嶋はマスターズが行われるオーガスタナショナルGCの入場門――マグノリアレーン――をくぐった。練習日から体調も万全で「思ったほど難しくはない。1日2アンダーは軽い。4日間で8アンダーなら優勝争いにからめるでしょう!?」と、若者特有の怖いもの知らず的発言を日本人記者たちにふりまき、日本でのスポーツ紙はそのことを派手に書きまくった。

 しかし、本番のふたを開けると初日80と大荒れ。2日目は、初日の遅れを取り戻そうと攻めに攻めたが、オーガスタの魔女はこの若者の鼻っ柱をへし折ってしまったのだ。アーメンコーナーを過ぎた13番パー5でなんと13打の大叩き。この日も80で無残な結果に終わってしまった。

 そのラウンドの直後、彼を取り囲む記者団を前に、うつむいてもらした「言葉」である。

 この13打は今もマスターズの1ホール最多打ワースト記録である。「オーガスタの怖さを初めて知りました」と、中嶋は去った。しかしその後「あの経験があったからゴルフを続けられました」と精進。86年の同大会では8位タイでフィニッシュし、見事リベンジを果たす。

 ゴルフに対して謙虚になることを学び、成長した中嶋。その後、日本のゴルフ界をリードすることになっていくのである。

 

■中嶋常幸(なかじま・つねゆき)
(1954~)
群馬県生まれ。父・巌氏に英才教育を受け、10歳の頃にはすでにプロゴルファーを目指していた。その英才教育は熾烈を極め、“サイボーグ”“キカイダー”と表現され、マスコミにも頻繁に登場した。18歳で全日本パブリック、日本アマを制覇。21歳の時にプロ転向。2年後の77年にはメジャーの日本プロを獲り、80年代に入ると日本シリーズ、日本プロマッチ、日本オープンを次々に制覇、日本版グランドスラムを達成した。同時期に世界のメジャーにも挑戦。86年のマスターズでは、日本人初のアンダーパーで8位タイ。同年の全英オープンでは、最終日最終組でラウンド。88年、全米プロでは日本人ベストの3位に入るなど大活躍。ジャンボ尾崎、青木功とAON時代を確立し、80~90年代のゴルフシーンをリードした。95年を最後に優勝はなかったが、02年に大復活。現在までツアー48勝(永久シード)、シニアでも4勝。この勝利数はまだまだ伸びそうである。

 

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