名手・達人の言葉

2009.01.21

おれは、負けたら悔しい。楽しめたなどというやつの気がしれない。──青木功 現在でもそうだろうが、青木は若い頃から“勝負事”にこだわった。

 70年代の後半から米ツアーの何試合か、チエ夫人と一緒に転戦していた。当時のメディアは、メジャーは扱ったが、普通の試合は専門誌しかカバーしていなかった。

 そんなある日、筆者のところに国際電話が入った。

「来週、渡米するとき麻雀牌を持って来い」との思し召し。随行の専門誌の記者は3人(各社、青木番は麻雀ができることが条件だった)。転戦中、洗濯物の干してある青木の部屋で、丸いテーブルにタオルを敷きチー、ポン。そんな遊びの麻雀でも青木は勝ち負けにこだわった。生来の負けず嫌い。遊びでも気を抜くと癖になって、ゴルフにも影響するというのである。

 表題の「言葉」は若い時から今でも変わらない信条であろう。「1打1打骨身を削ってスコアをつくっていくのに、楽しみなどと甘ちょろいことなどいってられるかい!」ってなもんである。よしんば負けても、それを糧にする執念がある。

 昨秋、鬼ノ城シニアオープンで2度目のエージシュート。そして弟子の渡辺司を相手にプレーオフで勝利した時、まさにこの「言葉」どおりと筆者は思った。若い者に花を持たせるなんて、これぽっちも考えていないはずだ。

 功なり名を遂げ、紫綬褒章を受けても青木の勝利への執念はますます燃え盛るようである。

 世界のAOKIはまだ枯れない。

 
■青木功
あおき・いさお(1942年~)
1942年8月31日、千葉県我孫子市生まれ。29歳で「関東プロ」に初優勝と遅咲きながら、それからの活躍はジャンボ尾崎と人気実力とも二分し、日本プロトーナメントを隆盛に導いた。国内での勝利数もさることながら、海外での活躍は、『オリエンタルマジシャン』と呼ばれ、「世界のアオキ」と絶賛された。とくに、80年、全米オープンでの帝王二クラスとの死闘は伝説として後世に長くつたえられるだろう。国内56勝。シニア9勝、海外7勝、海外シニア9勝、海外グランドシニア3勝。2004年、アメリカでゴルフ殿堂入り。

 

ゴルフ名言集へ ≫≪ ゴルフコラムTOPへ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連する記事

青木功の名言集 - 青木功さんの印象に残る言葉や胸を打つ名言を集めました。

運営会社 | プライバシーポリシー