名手・達人の言葉

2008.07.23

“ルールはルールである。しかし、私の心の中には今年のチャンピオンは2人いると思っている。 ボビー・ジョーンズ

 またか、と思わないでほしい。それほどに球聖ジョーンズの「言葉」は多く残っているし、含蓄に富み、時には詩的でさえある。

 だからこれからも機会あるごとに紹介することになろう。

 今回の「言葉」は含蓄というより、ジョーンズの優しさが込められていて“敗者”が救われたという意味でとりあげた。

 1968年のマスターズ。アルゼンチンのロベルト・デ・ビセンゾ。

 マーカーであったトミー・アーロンがビセンゾのスコアを1打多く書き込むスコア誤記により、首位のボブ・ゴールビーに1打及ばずランナー・アップの地位にとどまった。

 もし誤記がなければ、ゴールビーとのプレーオフとなってどちらに栄冠が輝いたかわからない。

 もちろんいちばん悪いのは誤記に気づかず、サインしてしまったビセンゾ自身なのだが。

 この時、ジョーンズは病床にいた。この誤記事件を聞いたジョーンズは、ビセンゾを呼んで表題の「言葉」を伝えたのだ。

 ジョーンズは1925年、全英オープンにおいて、アドレスした時、ラフの中でボールが動いたと1打自己申告。

 傍目からは全く分からず、グリーン近くにいたオフシャルが「ミスター・ジョーンズ、フォー」とコールしたほどだった。

 結局、ジョーンズは首位と並び、次の日のプレーオフに破れ、ウィリー・マクファーレンに名をなさしめた。

 それはともかく、このようにルールには誰よりも自分に厳しかった。

 そのジョーンズが“ルールはルール”と断じながらもビセンゾへの惻隠(そくいん)の情を隠しきれなかったのである。

 それは、ゴルフ小国であるアルゼンチンからわざわざ来てもらっての感謝の意もあったのかもしれない。

 ビセンゾはこの「言葉」によって、かなり救われたのではないだろうか。

 
■ボビー・ジョーンズ
(1902~71年)
米国ジョージア州アトランタ生まれ。父親がゴルファーで生家も庭がゴルフ場続きでもあり、5歳で自然にクラブを握る。14歳で全米アマに出場。その後、数々の選手権に優勝。特に1930年には世界の4大タイトル、全米、全英両オープン、両アマに優勝、年間グランドスラムを達成。この記録はいまだに破られていない。全英オープンに勝ち、祖国に凱旋した時は国民的英雄となった。これを契機にアマのまま引退。故郷アトランタに戻り弁護士活動のかたわら、オーガスタナショナルGCを設立、マスターズ・トーナメントを主宰。4大メジャーの一角を担っている。不世出の球聖として歴史にその名を刻む。

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