名手・達人の言葉

2008.03.12

怒ったと思った瞬間、おれのゴルフは壊れてるんだ トミー・ボルト

 トミー・ボルトのことは81回目で紹介しているが、今回は彼の“怒り”だけに焦点をしぼって書いてみよう。

 ニックネームが、トミー・サンダーボルト。つまりは雷。“噴火屋”ともいわれた。日本流にいうなら“瞬間湯沸かし器”。どれだけボルトの怒りがすごかったか、エピソードを2つ紹介してみたい。

 あるトーナメントのショートホールでの出来事。4番ウッドでの球はバックスピンで戻り、手前の池の餌食に。アドレナリンが噴き出たのか、打ち直しの球もさらにバックスピンがかかり、池へ。

 さらにさらに次の8打目もトップして池。顔を真っ赤にしたボルトは、黙って4番ウッドをキャディバッグにおさめ、キャディバッグとともに池の中へ放り込んでしまった。

 話には次がある。次のティグラウンドに向かう時、さっきの池の中から腰までつかり、キャディバッグを引き上げたのだが、同伴競技者の「トミーも大人になったよな・・」の声に、キャディバッグの中からクルマのキーだけ抜き取り、再びそのバッグを池の中に叩きこんだのだ。そして、黙ってクラブハウスへと向かったのである。

 もう一つ。1953年、ラスベガスで行なわれた試合。賭博の街らしく、市内ではラウンド終了後にトミーのクラブが何本残っているかの賭けが公募された。ちなみにこのラウンドでは彼のクラブは奇跡的にも14本生き延びたのだが、そのことがニュースになったのである。

 この事件の後、米ツアーでは「トミー・ボルト法」というルールが出来て、故意にクラブを破損した場合には罰金を課すことになった。このルールは1960年まで採用された。

 もし、ボルトが怒りのため、ゴルフを壊さなかったら、ボルトとは正反対の性格でアイスマンといわれたベン・ホーガンがいうごとく、ボルトは偉大な選手になったに違いないのだが。

 
 
■トミー・ボルト(1918年~)
米国オクラホマ州生まれ。ゴルフはキャディをしながら覚える。第2次世界大戦では軍に所属。退役してから建設業に従事したのち、32歳でPGAツアーに参加。ツアーでは15勝をマーク。圧巻は51年の全米オープン。ボルト40歳。最終日は35度をこす猛暑のなか、36ホールがおこなわれたが、G・プレーヤーに4打差をつけてメジャー勝利。短気な性格として知られ、『瞬間湯沸かし器』『噴火屋』などのニックネームがあった。02年ゴルフ殿堂入りも果たした。

 

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