名手・達人の言葉

2007.08.01

わかったと思うな。 中部銀次郎

 苦しいときの”中部頼み”ではないが、筆者は生前、幸運にも中部銀次郎の週刊誌の連載を担当し、「シルバークラブ」という親睦会にも入っていたので、いきおい、氏の言葉を紹介するのが多くなるのは許していただきたい。

 この冒頭の言葉も、ラウンド中とか、ラウンド後、酒をのみながらのゴルフ談義で生まれたものだ。

 大体、肩肘張って「名言」なるものを吐く人ではなかった。

 誰かが、「もう、(ゴルフが)解りました。これで開眼しました」と中部さんに話す。
 しかしラウンド後にはまた別の悩みが出て、「中部さん、やっぱりダメでした・・」というのが常であった。

 そんなとき、中部は静かに笑って「ゴルフはわかったと思っちゃいけないんですよ」と諭すのであった。

 練習場では出来て「目からウロコ」とか、ひとつのヒントで「開眼した」とか言う人でゴルフ場は溢れているが、ゴルフはそんな単純なものではない。

 そのことを、中部は身をもって経験しているので、ときには「海岸(開眼)ではなく、山のコース」というダジャレを交えながら、もっと謙虚になりなさい、という諭しを「わかったと思いなさんなよ」という言葉で表現したのである。

 
■中部 銀次郎
(1942~2001年)
山口県下関市に大洋漁業を営む一族の御曹司として生まれる。虚弱な体質のため、幼少より父の手ほどきでゴルフを始める。長ずるにしたがって腕をあげ、天才の出現と騒がれた。甲南大卒。60年、18歳で日本アマに出場。62年、20歳で日本アマ初優勝。以後64、66、67、74、78年と17年にわたり、通算6勝の金字塔をうちたてた。67年には西日本オープンでプロを退けて優勝。プロより強いアマといわれた。しかし、プロ入りはせず、生涯アマチュアイズムを貫いた。01年、永眠。

 

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