名手・達人の言葉

2007.04.11

ツアープロで食べていくなど、よく見えるが実は不安定そのもの。勝てば肩車でクラブハウスまで運んでもらえるが、負ければキャディにそーっと払うだけ。 ジーン・サラゼン

 ジーン・サラゼンが自らの30年に及ぶプロの競技生活を
振り返って言った言葉。

 貧しいイタリア系移民の子に生まれ、
キャディをやりながらプロゴルファーとして
大成したサラゼンにしてこんな感慨をもったのだから、
彼より下のプロ達の生活は想像して余りある。

 勝った、負けたとは当時のマッチプレーのこと。
無頼の生活とマッチプレーという組み合わせが
何ともペーソスを感じる。

 40~50年代のプロツアー勃興気のムードいっぱいの述懐だが、
翻って現在はどうだろうか?
米ツアーでは、賞金の他に出場しただけで、
1試合いくらの年金が引退後もらえるようになっている。
TV放映料、入場料など利益をツアーメンバーに還元する
システムをとっているからだ。

 その金額はタイガー・ウッズが出現してから、
額も上がって、現在は1試合60万ぐらいになるという。
つまり、予選落ちに関係なく年間20試合に出ただけで、
600万……。
すると丸山は……。

 現在のツアープロたちは
サラゼンのこの言葉を噛み締めてみても、
決してバチは当たるまい。
 
 
■ジーン・サラゼン
(1902~1999年)
ニューヨーク州ハリソン市にイタリア系移民の長男として生まれる。貧しい家計を助けるため10歳でキャディになる。17歳で学校は中退。大工の見習いになるが、大病。その後パブリックゴルフ場につとめプロゴルファーへの道が開けた。20歳のとき、「マッチの鬼」といわれたウォルター・ヘーゲンを破り全米プロに勝ち、メジャーでの初勝利をもぎとる。28年には全英オープン、30年全米オープン、33年にはあの有名な15番のダブルイーグルでマスターズを制覇し、世界で最初のグランドスラマーに。ゴルフ殿堂入りもしている。日本では「ジュンクシック」のホストとしても親しまれた。

 

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