名手・達人の言葉

2006.12.27

短いパットを外した選手を嘲笑する記事は間違っている。パットは遠くから見てる者が思うより実際は長いものだ。バーナード・ダーウィン

 バーナード・ダーウィンは、
あの「種の起源」で進化論を著した
偉大なるチャールズ・ダーウィンの孫である。

 代々学者の家系であるダーウィン家であるが、
彼はケンブリッジ大で法律を学び、
卒業後は弁護士として活躍する。

 そんなある時、ダーウィンの元に権威ある夕刊紙から
ゴルフ随筆の話が飛び込み、そこから水を得た魚のように、
ゴルフにまつわるエッセイ、コラムの名文を
矢継ぎ早に湧出させていく。

 しかもダーウィンが単なる評論家ではなく、
自身も≪プレーヤー≫であったことが、
エッセイストとして唯一無二の存在たらしめている。

 競技者としては、1921年の全米アマでは、
なんと準決勝まで進んでいるほどだ。
つまり、ダーウィンはたいていの試合に観戦記を書いているが、
この年は自身が大会に出ながら、
観戦記も書くという離れ業を演じているわけだ。

 そんなバックボーンを知ると、
冒頭の言葉もなお重みをなすことが
お分かりいただけるだろう。

 ゴルフでのエスプリ、警句、みごとなエッセイを
1908年から「タイムズ」ゴルフ記者として、
週1回、45年間、退職後も85歳でなくなるまで、
「カントリ・ーライフ」に書き続けた。

 ある人は
「ゴルフの進化論に果たした役割は、祖父に比べて遜色ないものだ」
と記している。

 筆者も含めたゴルフの記事を書くものにとって、
冒頭の言葉は胸に噛みしめなくてはならないだろう。

 
 
■バーナード・ダーウィン
(1876~1961年)
『種の起源』で有名な進化論学者チャールズ・ダーウィンの孫。英国では6人の最高のエッセイストの1人とされる。ケンブリッジ大学法律学部卒業後、弁護士に。卓越したアマゴルファーでもあり、全英アマ準決勝に進むこと2回。1923年に始まったウォーカーカップでは英国チームの主将も務めている。エッセイストとしてのスタートは1907年「イブニングスタンダード」に週1回のコラムを依頼されてから。以後「カントリー・ライフ」「タイムズ」「サンデー・タイムズ」と次々に執筆。生涯に著したコラム、エッセイが3000本、著書37冊、序文66冊。ゴルフ進化論に果たした役割は祖父に比して遜色ないと評される。

 

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