名手・達人の言葉

2006.03.29

悩む時間はもったいない。一球でも多く打てばそこから答えがみつかる 中村寅吉

キャディから身を起こした中村寅吉の上達法の唯一は、
「体で覚える」ということだった。

プレーヤーが帰宅し、クラブハウスの灯が消えたあとが
中村少年の練習時間だった。
練習グリーンの上、暗闇のなかで黙々とパットの練習をくりかえす。
カップインしたかどうかは左耳で聞く。

「だからよう、おれはヘッドアップなんてしたことねんだよう」と
よくトラさん(親しみを込めてゴルファーはこう呼んだ)は言ってたものだ。

後年、安田春雄、樋口久子らが弟子として入ってきたときも、
手とり足とり教えたわけではない。
「目で盗め。体で覚えろ。それがいちばん強い」が口癖だった。

158cm、65㎏の小兵ながら、
当時の「ゴルフのオリンピック」であるカナダカップに優勝して、
第一次ゴルフブームを日本に巻き起こしたのも
修練に修練を重ねた技術があったればこそであった。

 

■中村 寅吉
(なかむら・とらきち 1915年~)
家が貧かった寅吉少年は、小学校を卒業し、保土ヶ谷CCにキャディとして働く。見よう見真似でゴルフを覚え、やがて先輩をも追い抜く上達をみせる。プロ入りし、マッチプレー全盛の頃はさしたる成績は残していないが、ストロークプレーになって無類の強さを発揮しはじめる。56年に始まった関東オープンでは4年連続、2年置いて3連勝。日本オープン3勝、日本プロ4勝など勝利多数。なかでも極めつけは57年、霞ヶ関で行われた当時の「ゴルフのオリンピック」カナダカップに小野光一と組んで優勝したことだろう。中村は個人優勝も果たして戦後のゴルフブームに火をつけた。女子プロ界の女王となる樋口久子を育てたことでも有名。その後も日本プロゴルフ協会会長なども歴任。プロ界の指導的役割も果たした。

 

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