名手・達人の言葉

2006.01.11

人生の長い目でみれば、「運」というものは、誰にでも平等公平なものだ。 ボビー・ジョーンズ

後年、球聖と呼ばれるボビー・ジョーンズは若い頃は短気であった。自分の思う通りにいかなかったら、クラブを叩きつけ悔しがったという。

しかし、『パーおじさん』を発見し、ゴルフは人との闘いではなく、自分とコースとの闘いとの本質を見抜いてからは、冷静に自分を見つめる『傍観者』になった。

この言葉もそんな傍観者だからこそ、生まれたのだろう。確率的にいえば、幸運と不運は一生の間には同じ数だけ存在するはずだというのは、誰にでも理解できる理屈だろう。

しかし例えば、ショットが木に当たって出てきてOBを免れたという幸運などはたいていの人が、ホツとするぐらいで感謝するまでには至らず、当然のように扱って数にはいれないことが多い。

逆にナイスショットをしていながら、ディボット跡に入ったりする不運はしっかりカウントし、悔やむ。「ああ、あれさえ無かったら・・」と。

しかし、不運を悔やむ分の数だけ幸運があったはずなのである。当然だと思っているから、カウントしていないだけである。もしそのときの幸運を、次には不運が襲うかもしれないという分析があれば、それからのゴルフには何らかの進歩があったはず、ということを球聖は教えているのである。。

 

■ボビー・ジョーンズ
(1902~71年)
米国ジョージア州アトランタ生まれ。父親がゴルファーで生家も庭がゴルフ場続きでもあり、5歳で自然にクラブを握る。14歳で全米アマに出場。その後、数々の選手権に優勝。特に1930年には世界の4大タイトル、全米、全英両オープン、両アマに優勝、年間グランドスラムを達成。この記録はいまだに破られていない。全英オープンに勝ち、祖国に凱旋した時は国民的英雄となった。これを契機にアマのまま引退。故郷アトランタに戻り弁護士活動のかたわら、オーガスタナショナルGCを設立、マスターズ・トーナメントを主宰。4大メジャーの一角を担っている。不世出の球聖として歴史にその名を刻む。

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