名手・達人の言葉

2005.09.28

ショートホールで、カップは狙わない  中部銀次郎

中部は寡黙の人であった。プライベートで仲間達とまわっていても、自分からレッスンなどしなかった。訊かれてはじめて、短いながら適切なアドバイスをおくるという按配であった。

だから、公式の場などで自分のことや、名言といわれるような言辞を呈したことはないはずだ。

しかし、酒がはいると(若い頃は飲まなかったが)、談論風発、ゴルフ談義はとどまることはなかった。だから残ってる言辞は、とくに後半生では、酒席でのものと思ってまちがいない。

だがこの冒頭の言葉は例外で、世界アマ監督として、合宿していたときに発したものだという。

中部は日本アマ6勝という戦績を残しながら、ホールインワンは一度として、ない。なぜか?答えは、ピンを狙わないからである。

なに?! ピンを狙わないって?誰もがそんな疑問を発するに違いない。

それはこういうことだ。中部は次のことを必ず考えてショットをする。だから、パー3では、パットのしやすい、簡単なライン・傾斜のサイドに打つのである。

上りのまっすぐなラインが残るサイドがピンのそっぽでも構わず、そこへ打つ。ピンに近いかどうかを競うのではなく、次のパットをいかにカップインさせるかが肝心なことを熟知しているからである。

ましてその頃のグリーンは受けていることが多かったので、ピンをオーバーなど決してしない。

ならばホールインワンの機会は減るわけである。含蓄ある言葉であろう。

 

■中部銀次郎
(1942~2001年)
山口県下関市に大洋漁業を営む一族の御曹司として生まれる。虚弱な体質のため、幼少より父の手ほどきでゴルフを始める。長ずるにしたがって、腕をあげ天才の出現と騒がれた。甲南大卒。60年、18歳で日本アマに出場。62年、20歳で日本アマ初優勝。以後64、66、67、74、78年と17年にわたり、通算6勝の金字塔をうちたてた。67年には西日本オープンでプロを退けて優勝。プロより強いアマといわれた。しかし、プロ入りはせず、生涯アマチュアイズムを貫いた。01年、永眠。

 

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