名手・達人の言葉

2005.09.21

ボディビルなどゴルフには役にたたないと笑われたが、私はついに目的を果たした。 ゲーリー・プレーヤー

1965年、全米オープンに勝ったあと、プレーヤーは次のように語った。
 
――私がボディビルをやっているというと、笑う人が多かった。ゴルフではグリップを強くするなど、手や脚を鍛えることはあっても、全身を鍛える運動は不要と思われていたからだろう。しかし、私はそれでは力強い球は打てないと思い、余暇をみつけては全身を鍛えてきた。小柄な私が巨漢のなかで勝つことができたのも、日頃の筋力鍛錬が効を奏したと思う。私のやってきたことは正しかったことが証明されたのだ。
 
168センチしかない体躯で4大メジャーを制して、4人めのグランドスラマー(5人目はタイガー・ウッズ)となり、黒豹と呼ばれたプレーヤーのバックボーンは、ボディビルにあったわけである。

当時、ゴルフに強い筋力は必要ないといわれていた。むしろ上体の力に頼りすぎて害になるとさえいわれていたのだ。

しかし、プレーヤーはシーズンオフはいうに及ばず、ツアー中でも宿舎にダンベルを持ち込み、寸暇を惜しんで逆三角形のマッチョな体をつくりあげた。

そういう潮流のなかだったからこそ、冒頭のような反論が話題になったのである。

現在では、筋トレは当たり前、米ツアーのほとんどの選手は試合中のラウンド前でさえランニング、ストレッチなどして、エクササイズを行うようになっている。

プレーヤーはその先駆者といえよう。

 

■ゲーリー・プレーヤー
(1935年~)
南アフリカのヨハネスブルグ生まれ。母親を幼くして亡くし、父親は炭鉱で働き、貧困な少年時代を送った。スポーツ万能であったが、ゴルフを選んだのは15歳のとき。その6年後には南アオープン優勝。地元有志のサポートで米ツアーに参戦。そこからプレーヤーの運は開ける。メジャー優勝は、59年全英オープン(68年2勝)を皮切りに、61年マスターズ(74年、78年3勝)、62年全米プロ(72年2勝)、65年全米オープンの全8勝。米ツアーで24勝、シニアツアーで19勝を含んで全世界で130勝を挙げた。ニクラス、パーマーとともに『ビッグスリー』として、世界のゴルフシーンをリードした。ニックネームは黒豹。日本にも馴染みが深く、青木功と親しく、プレーヤーが持つ牧場の愛馬には青木の信条「忍耐=ニンタイ」の名前をつけた。

 

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