名手・達人の言葉

2005.09.07

半端なゴルファーほど、自分のスウィングについて語りたがる  ――戸田藤一郎

い、いるいる、この手合いが。ゴルフ場はむろんのこと、練習場、会社、果ては居酒屋にまで跋扈(ばっこ)している。

自分のラウンドやスウィングについてとうとうと語り、ほとんどが自慢話。それで、その人のスウィングやスコアを見るとひどいことが多いのである。

戸田は48回目でも紹介したが、ショットの確かさでは日本プロゴルファー列伝のなかでも1、2位を争う。

右手主要論者で、とくにパンチショットの切れ味ではピカイチであったろう。その戸田は言葉を発するときには毒舌で舌鋒鋭かったが、自分のこととなると韜晦(とうかい)の人であった。

本当は猛練習したはずなのに、若いときはなるたけ人目のつかないところで練習したし、「鬼才」と名声を得てからは、人々が寝静まった深夜にクラブを振っていた。

80年代の当時、九州の若鷹と呼ばれ、修行時代、高松で(戸田は広野から追放され、高松にいたことがある)戸田を仰ぎ見ていた鈴木則夫が、後年、パッティングでの教えを乞うたときに言われたことがある。

「ラインはグリーンにあがった第一印象で見るもんや。(グリーンにあがってからは)コマネズミみたいにウロウロすな!自信がないやつほど動きまわったり、自分のことをべらべらしゃべくったりするもんや!」

こういったら、恥ずかしくて穴に入りたい人が沢山いそうだが、こういう人に限って、自分のことを言われているとは思わないんだね。まわりの人は「あ、あいつ!」ってすぐ分かるんだけどね

 

■戸田藤一郎
(1914~1984年)
10歳から甲南GCのキャデイとして働きながら、見よう見真似でゴルフを覚える。廣野GCが創立されるとそこへ移る。18歳でプロの資格を得ると19歳で初優勝。35年渡米、全米オープンに出場。W・ヘーゲンの回顧録に、日本からきた6人のなかで素質抜群、外国勢のなかでも最極上と記されている。39年日本オープン、日本プロ、関西オープン、関西プロを獲り、同年グランドスラムを達成。圧巻だったのは63年の日本オープン。25年ぶりの2勝目だった。71年57歳で関西オープン7回目の優勝。38年の長きにわたって第一線にいたことになる。

 

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