名手・達人の言葉

2004.10.13

スコアをごまかさなかった私をほめてくれるのは、銀行強盗をしなかった私をほめてくれるようなものである。――ボビー・ジョーンズ

 1925年の全米オープンのときのこと。ボビー・ジョーンズはミスショットでボールを深いラフに打ちこんでしまった。そのボールを打とうとアドレスしたとき、草か、風かのせいで動いたような感じがしたと、その場には誰もいなかったにもかかわらず、ボビーは自らすすんで同伴競技者に申告し、1打罰を自分のスコアに課したのである。その結果、ウィリー・マクファーレンとタイで首位。プレーオフにもちこまれ、惜しくも優勝を逃すのである。

 しかしこのことが、当時の新聞・雑誌で大きく報道されて、ボビーの紳士的プレーへの賞賛は天下に満ちるのである。

 ところが、ボビーは怪訝な顔をして「自分は当然すべきことをやったまでだ。それがゴルフのルールだから」と続いて冒頭の言葉へとつながるのである。

 ゴルフはいうまでもなく、自分が審判、ルールの裁定者である。だから誰が見ていなくてもルール違反は許されない。いわば、ゴルフは性善説を根本精神にしているのだ。

 しかしそうはいっても、人がみていなけば、ライの改善をしたり、ロストボールしながら、ポケットから別の球を出したり(ポケットに穴をあけ、ボールをズボンの下から出すのを防止するためにニッカーボッカーが発明されたとの説もある)する誘惑にかられなかったという人は皆無だろう。

 だからこそ、ボビーがあれだけ賞賛され、尊敬されたのであろう。「ゴルフは紳士のスポーツ」という評価を確定した球聖の言葉でもある。

 

■ボビー・ジョーンズ
1902年、米国ジョージア州アトランタ生まれ。父親がゴルファーで生家も庭がゴルフ場続きでもあり、5歳で自然にクラブを握る。14歳で全米アマ出場後、数々の選手権に優勝。特に1930年には世界の4大タイトル、全米、全英両オープン、両アマに優勝、年間グランドスラムを達成。この記録はいまだに破られていない。全英オープンに勝ち、祖国に凱旋した時は国民的英雄となった。これを契機にアマのまま引退。故郷アトランタに戻り弁護士活動のかたわら、、オーガスタナショナルGCを設立、マスターズ・トーナメントを主宰。4大メジャーの一角を担っている。1971年没。不世出の球聖として歴史にその名を刻んでいる。

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